午睡と虫養い

観た映画・ドラマの感想。時々漫画と本も。

ドライブ・マイ・カー

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ドライブ・マイ・カー ※画像は公式サイトのスクリーンショット

dmc.bitters.co.jp

 

2022年2月12日劇場鑑賞。

 

村上春樹作品は高校時代から好きで小説は多分ほぼ全部読んでいるくらいです。この映画の元になった『ドライブ・マイ・カー』も、収録されている『女がいない男たち』が単行本で出版された時に早々に購入して読みました。が、話はさっぱり忘れてしまったまま映画鑑賞しました…いいんだ、春樹さんも「書き終わるまでは何度も何度も読み返すけれど、書き上がったら何を書いたか結構忘れちゃう」って言ってたし。

 

さて、映像化された村上春樹作品はそこそこありますが、私が観たのは今回が初めてでした(『バーニング』は評判良いので観よう観ようと思っているんですが)

何せあまりに評判良いので!観てみたくなっちゃうじゃないですか!公開当初私がよく行く映画館では上映してくれず「配信を待つしかないか」と涙を飲んでいたところ、アカデミー賞ノミネートのおかげで上映してくれることになり、ほんとアカデミー賞ありがとう、観ることができました。

 

以下ネタバレありで。

 

 

 

 

冒頭のシーンで「ええええこれ良いのかな」と思ってしまったよ。これ18禁だったっけ?みたいな(調べたらPG12でした。ですよね)*1

「こんなシーン、原作にあったっけ? でも読んだ気がする」と思ったら、実際『ドライブ・マイ・カー』だけでなく『シェヘラザード』『木野』も取り入れられているんですね。それぞれ別の短編ではありますが、すごく上手く取り入れられていて唸りました。上手い。

(観賞後、『女のいない男たち』を再読しました。原作を読み返すとさらに映画の構成や筋書きの巧さ、役者の達者さがよくわかりますね。素晴らしい)

 

散々言われていることですが、『ゴドーを待ちながら』『ワーニャ伯父さん』が組み込まれているのもとても良かった。特に『ワーニャ伯父さん』の扱い方がすごい。『ワーニャ伯父さん』がなかったら、正直「割とよくある話」になってしまっていたと思うんですよ。「人生いろいろあるけど生きていかなくちゃ」っていう。「うんそうだね」で、終わってしまいそうなところを、『ワーニャ伯父さん』を使って奥行きを持たせ、最後に昇華しているのが、いやほんとすごい。

そう考えると、冒頭の『ゴドーを待ちながら』は、みさきを待っている家福を表していたのかもしれないな。「ゴドーさんは来ません」「でも待ってみよう」。ゴドーが何者かわからないまま待つように、家福は誰かを待っていた。結果的にはそれはみさきだった。のではないかな。

 

劇中の『ワーニャ伯父さん』の取り組みが面白かったです。使用言語が複数、そして字幕付きで上演する形式、観てみたいです。(オペラ等で使用言語は一つで字幕付き上演は割とやってると思いますが)(『スペース・スウィーパーズ』も思い出しました。イヤホン型の翻訳機を装着して他言語でやり取りするっていう)

韓国手話話者も参加しているところも好ましかったです。つい先日『コーダ あいのうた』を観たばかりだったし(字幕を使えば手話話者が何を話しているのか健聴者でもわかるわけだし、そういう上演方法や、聾者の役者さんが増えるきっかけになってほしいな、なんてことも考えました)*2

 

高槻だけはよくわからん。と思っていたらパンフレットで岡田将生君も「高槻のことがよくわからない、と監督と話してました」と言っていて笑ってしまいました。だよね、高槻よくわからない。そして未成年に手を出してるんじゃないよ全く(劇中のニュースより)

 

ただ、高槻の「訳のわからなさ」も含め、登場人物たちは全員キャラクターがしっかりしていて良かったです。物語の核は設定と人物設計だよなあ、と改めて。

みさき役の三浦透子さん、大変素晴らしかったです! 表情筋があまり動かない感じとか、淡々としている感じとか。痛みをずっと負ってきているけれど、それが当たり前になりすぎているところとか。いま、朝ドラ『カムカムエヴリバディ』にも出演されていますが、全然気づかなかった(ごめんなさい) それから2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では義経の正妻・里役ですってー!楽しみー!

家福は、優しいし人当たりがいいし、でも自分の仕事に対する信念もちゃんと持っていて、「きちんとしている人」なんだけど、それだけに後頭部を叩きたくなるような、そういう家福でした。西島さんさすが。見た目はシロさんだけどシロさんじゃない(当たり前ですが)

二人がみさきの案内でゴミ処理場等を観て回るシーンが好きでした。

それから、この映画では結構喫煙シーンがあるのですが、小道具としてのタバコはやっぱり魅力的だなあ。禁煙が当たり前の今の若い世代には受け入れられにくいかもしれないし、私も実生活ではタバコ遠慮したいですけどね(煙の匂いはそんなに嫌いじゃないのですが、あれが服とか髪につくととんでもなく悪臭になっちゃうのが嫌)

 

 

ところで最後!最後よ!!

突然「あ、新型コロナの世界だ」と一目でわかる人々のマスク姿、ここまではいい。

韓国語ですよ韓国語。明らかに韓国のスーパーマーケット。そして家福が乗っていない家福の車。飼い主夫婦のいない犬。

 

…何らかの事情で家福も飼い主夫婦も世を去ってしまったんでしょうか…そしてみさきは何かを託されて韓国で暮らしているのでしょうか…

 

いや、みさきが頼まれて買い出しに来ているだけでは?とかも考えたのですが、「生きていかなくちゃ」の『ワーニャ伯父さん』や北海道での家福の言葉を考えると、「親しみを感じた人たちが皆世を去り、みさきが全てを受け継いで生きていっている新型コロナ禍の世界」にしか思えないんだな…ええー辛い!辛くない!?みさきはタフそうに見えますけど、それは親に恵まれない環境で育ったが故の、健全ではないタフさじゃないですか…そんな彼女に託すのは酷なのでは。

と、書いていて思いましたが、みさきに限っては辛くはないのかな。逆にこの世に繋ぎ止めてくれる正しくて健やかな思い出なのかもしれない。車も犬も。わからないけど。

 

3時間という長い時間にも関わらず、退屈することは全くなく、どのシーンも胸に残るとても良い映画でした。これは良い映画。*3

 

アカデミー賞で賞が獲れると良いですね! 期待!

 

 

 

*1:めちゃくちゃどうでもいい個人的思い出ですが、大学1年の時「18歳になってるんだから」ということでサークルの仲間と初めてR18の映画を観ました。『アイズ・ワイド・シャット』だった。

*2:これまた本当に個人的な話ですが、劇中で「某大学に能の研究に来て云々」の経歴を聞いて一瞬心臓止まりそうになりましたよ。演博あるしね、能楽研究も盛んだしね。春樹さんの母校だしね。うん。

*3:この映画の監督・滝口氏が脚本を担当したのが『スパイの妻』で、私は『スパイの妻』がこれっぽっちも!心に響かなかったので(でも『ドライブ・マイ・カー』には胸を撃ち抜かれたので、それはちょっとした驚きでした。